伝統のかたちを未来に繋げる陶芸家もいれば、こころに秘めた高い理想のうつわを求め、追求し作陶に励む陶芸家もいます。作品のためにインスピレーションを受けるのは、もちろん陶芸に限らず、建築のかたちや様々な生活様式、自分の身に起こった出来事、あらゆることがインプットとして身になり、自己表現が行われます。
 
今回リアルジャパンプロジェクトは、福岡県糸島で作陶する醇窯の高須健太郎さんを取材しました。どこか民陶のような質実剛健さがあり、引き出される道具としての美。食事を美味しくするあたたかみ溢れた表情とモダンさ。そんな作風が人気を集める、高須健太郎さんの話をうかがいました。 

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――高須さんが陶芸をはじめられてから、これまでの道のりについてを教えてください。
 
僕が焼き物の勉強をしていたのは愛知県の瀬戸で、そこにいたのは1999年からの約3年程です。有田が近い福岡の環境からなぜ瀬戸を選んだかというと、瀬戸という場所では作家がいろんな素材やデザインで作りたいものを自由に作っているとすごく感じたんですね。
瀬戸にはずっと何百年も続いているような伝統的な焼き物、織部や黄瀬戸などがあるんですが、それとは別の部分で、自分を表現している作家がひきめしあっているのを感じたんです。
瀬戸には憧れの作家がいたので窯業学校で焼き物の基礎を学びながら、その方のところへ行きました。でも結構通いましたが、どうしてもいまスタッフはいらないと言われて。なので勝手に出入りして、工房の端のほうでずっと作業する姿をみているような時間を過ごしていましたね。それで帰ってきたので、僕は本当に基本的な部分を学校で3年学んで帰ってきただけなんです。窯焼きや釉薬をつくるところから成形、できあがったものを流通させるなどを含めて実際のところの経験がありませんでした。焼き物って普通、最低でも6年とか作家のところで弟子としてぴったりついて学び、独立する方が多いと思うのですが、僕の場合はそうではなかったんですね。だから福岡に戻ってからかなり失敗が多かったです。そういった上手くいかない期間が4、5年くらいありました。
 
――なるほどですね。今の高須さんの作品のなかから、いちばん最初に出した作品はどちらですか?
 
それから時間がかかったんですが、少しずつ表現として出せたのが定番の作品にもなっている「鉄彩」です。土はやっぱり自分が焼き物を学んだ瀬戸の材料を使います。瀬戸焼ではないんですけど。
 
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▲アンティークのようなあたたかみと現代的な美しさを持つ鉄彩「すり鉢」。はじめに線画でスケッチするそうだ
 
 
――作りたいものはどういう風に生まれてきたのですか?影響を受けたものを教えてください。
 
僕は大学の専攻がデザイン科であったわけではないんですね。でも平面よりも立体のものが好きで、昔のバウハウスとかいろいろ興味がありました。子供の頃、ダイニングテーブルや椅子、カトラリーなど日常的に使うものが何故だか西ドイツ製のものだったこともあって、そのころの記憶や感触が大学の頃だったか、ふつふつと出てきましたね。
バウハウスは、マシンメイドじゃなくて手作業の部分もあり、あの手のものが好きなのが自分の根っこにあります。あとはプリミティブな土器もそうです。
いろんなものから影響を受けましたが、カタチについてはとにかく簡素なカタチ。ミニマムな表現を僕はしたいですね。僕は見込みの部分に装飾を施したうつわはほとんどつくっていませんね、食器は料理がのっかって完成なので。
 
 
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パッとみたときに手づくりじゃないような印象を受けるかもしれないんですが、並べたらかなり削っている部分だとか裏側の部分だとか、手にとって見ていただけたら分かるものだと思います。僕はそういうギリギリのところでの表現がすごく好きですね。
「鉄彩」のリムの部分は、吹き付けという名前そのままなんですが、金属製の道具を口に加えて吹いて釉薬をかけて作っていきます。浸すようにジャッポッとかける釉薬、それだと違うんですよね。一般的にコンプレッサーでかけることも多いのですが、そういったものだとのっぺりした感じになるんです。この作業はすごく手間と体力がいるんですけど、鉄っぽさがこのリムの部分に出るんですね。
 
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▲鉄彩シリーズのリム丸皿の底。均一性が保れた表現の表面とは異なり、裏面は手づくりならではの手あとがみえる
 
 
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▲リム部分の釉薬は、吹き付け(写真左)を口に加えて微量をかけることで鉄に近い質感が生まれる
 
 
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▲鉄彩シリーズのリム丸皿(大・中・小)。食材の色合いが浮かび、のせたい料理を想像させる器だ
 
――ひとつ素朴な疑問なのですが、高須さんのお母様も同じ陶芸家ではありますが、最初に作家としてちゃんと食べていけるか不安は感じなかったんですか?
 
これが意外と感じないんです。この世界に入る前は僕もそうじゃないかと思いました。実際失敗しても次こうすればいいんじゃないかっていう突き動かすものがすごくあるから。それがもしなくなっちゃったら、難しい。カッチリつくったものが確実に売れるとかそういう計算じゃないんですね。こういう風につくればよかったのかという気持ちと、新しい作品などへ突き動かすものがあります。
 
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試行錯誤の過程でいろんな土を使ってきましたが原点回帰というか、焼き物を学び始めた際、最初に触れた瀬戸でとれる土をここ数年メインとしています。この土は扱いにくい土で、普通の陶土と比べて、制作過程で壊れやすいデリケートな部分もあるんです。だけど釉薬を違う土にかけてもちょっと違う、カッチリした表現もやわらかい表現も、僕が表現したいようにできるので使っている土です。釉薬に関しては、いろいろ作ったけどいま使っているのは5〜6種類ぐらいかな。
 
自分が作りたいものについて変わりたい欲求とか、変わらなきゃいけないというとこから、突き動かされるものが日々あります。いろんな作家がそうだと思うんですが。
その欲求というのは自分の表現としてもそうですし、技術としてもあります。まあ、納品に追われている部分もありますが、常に作ってみようと思っているものがたくさんあって、土も用意しています。これからやりたいですね。
 
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醇窯 高須健太郎
 
1974年福岡県福岡市生まれ。大学卒業後、1999年より愛知県立瀬戸窯業高校専攻科にて焼き物を学ぶ。窯名の「醇窯」は母の高須愛子さんから受け継いだもの。小さい頃から、母の影響を受け自然豊かな環境で焼き物や土に触れ、陶芸家の道へ進む。現在、福岡県糸島市にて作陶。現代的でありながらも使いやすいうつわの魅力があり、多くの人を虜にし続けている。http://www.junyo-itoshima.com/