何かと便利なものが溢れているこの時代。人間の適応力は高く、道具の使いやすさは100%満足をしなくても、そこそこの満足感で使うことが日常の中には多いもの。しかしながら、良い道具に出合うと、今まで使っていたのは何だったんだろうと気付くくらいの差異があります。
 
享保3年の創業より日本橋で刷毛ブラシの製造販売を行う銘店、江戸屋。
今回、その江戸屋の刷毛職人、田中三郎さんにお会いしました。
江戸屋は、天然の毛にこだわった商品を取り扱い、販売だけでなく目利き問屋として刷毛業界を支えています。
 
刷毛の魅力は、魅力あるものの縁の下の力持ちであると江戸屋の代表である濱田捷利さんは話します。
言葉の通り、刷毛は想像以上のものづくりの現場で必要とし仕上がりを左右する道具。
刷毛が接着、塗装などの役目を果たし、多くの建具や美術品がその仕上がりによって長持ちするのです。
 
 
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▲なかなか素人は使うことが少ない漆刷毛。漆刷毛は切り出し方ひとつで使い勝手が変わる
 
 
昭和6年生まれの田中三郎さんは、終戦後の二十歳位から江戸屋の刷毛をつくり続けています。
もともと田中さんのお父様も女性の鬘(かつら)をつくる職人。幼少時の頃から、父親の手伝いで鬘の材料となる髪をそぐいていて、髪の扱いは刷毛づくりとも似ている部分が多いそうだ。
素材を買ってくるときは込みこみで買い、1本の髪から長くとったあとは残りの短い髪があり、それを江戸屋に供給するため出入りしたことが、60年続く、江戸屋の職人となったきっかけだったと言う。
 
黙々と作業する田中さんに、刷毛の魅力とはズバリ何ですか?と聞くとハッとするような言葉が返って来ました。
「例えばペンキ塗り。ローラーが早いけど、ペンキがついちゃいけないところは今も刷毛を使ってやっている。ときにはテープを貼り、塗りたくない部分を除くことができるけど、刷毛は細かいところも細長いところも丁寧に塗ることができるんだ。刷毛で塗ったものは耐久が違うんだよ。」
 
使い手となる職人たちは道具に思い入れがあり、想像以上にこだわります。職人である本人が道具を自分でこしらえることも多くあり、こだわりの道具だからこそ作品の随所に自分らしさが出る、道具は代替のない立ち位置なのです。
 
「刷毛をつくる際は、まず良い材料を使ということ。とにかく良質というのを大事にしている。刷毛は職人が相手だから、すべてわかるんだよ。例えば、コシのないものだとか塗料の含み、吐き出しなんかは特に。」
 
刷毛に限らず作り手は使い手以上に道具を選ぶシビアな部分までを知っています。刷毛は毛を切り出して使う漆刷毛など高額な品も多く、一生ものの道具だからこそ使いやすく、評価に耐えうるものでないといけないのです。
 
 
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▲ふすまや掛け軸を作る際に使用する経師刷毛。用途によって毛の長さやボリュームなど様々で面白い
 
 
IMG_6765.JPG▲毛を揃える様子の写真。毛の太さや上下の向きも逆転しないように注意して作業するそうだ
 
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▲刷毛をつくるときの毛の取り分について、手を広げて説明する田中さん。刷毛のコシは中に短い毛を中心にして微妙なバランスによって成り立つ。
 
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▲刷毛づくりの工程は、綴じるまでの作業は一番時間をかける。刷毛の製造工程は、天然の毛を仕分けし、くせを直すために煮沸。乾燥後、用途を考えて毛組みを行う。
 
「昔はものがなかったから、椅子だとかいろんなものをつくっていたね。カメラの現像も焼き付け作業を自分でしたりね」
 
雑談中の田中さんからはそんな言葉がこぼれ、ものを選ぶ暮らしだけでなく、ものをつくって使い勝手を知ることが豊かになり、はっきりとした良い結果を生み出すことに気づかされます。プロセスを変えない昔ながらのものづくりは、ひとつひとつの理由に沿って、きちんとその対価をもたらすのです。
 
いつの時代にも必要な、長持ちさせる道具「江戸刷毛」。お寺や神社で目にするピンと張った障子の、その清潔感ある凛々しい佇まいも、職人の技とともに刷毛の力が光っています。
 
 
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江戸屋
 
七代将軍継の時代、初代利兵衛は将軍家お抱えの刷毛師に任じられ、享保3年に将軍家より「江戸屋」の屋号を与えられ、江戸刷毛の専門店して開業。誠実・良品・奉仕をモットーに天然の刷毛、ブラシを取り扱う。タイル専用ブラシやブラシのブラシなど専門店ならではの品ぞろえ。身近に使える馬毛の歯ブラシから、毛が長く弾力に富み、髪通りの良いヘアーブラシなど世代を越えて愛される名品が多い。