昭和23年創業、洋傘の銘店「前原光榮商店」。
「傘」という文字にある4つの「人」を傘づくりの4つの行程を持つ匠の数だと考え、
「生地」「骨」「手元」「加工」全ての工程にこだわり、長く使ってもらえる傘づくりに励んでいます。
 
傘は第一に雨を凌ぐ道具。だけれども雨の日を傘によって愉しい時間にしたい。修理をしても半永久的に使える傘を販売したい、そう話す「前原光榮商店」代表 前原慎史さんは、職人、売り先、営業、傘に関わるすべての人を活かし合うための司令塔とも言うべき存在でした。
 

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――前原さんは三代目でいらっしゃるとのことでいつごろ継がれたのでしょうか? また、前原光榮商店とは、どんなお店か教えていただけますか。 
 
私は、平成9年から継いているので、もうちょっとで20年です。この辺には昔からやっている町工場だったり小さいお店だったりが多くあるんですけど、うちはいわゆる家業でやっているお店です。うちの祖父がこの台東区三筋の場所で傘屋を始めたのが最初で、歴史としてはちょっとはなれた場所に商店街があって、そこにある傘屋で番頭さんをやっていたのが私の祖父の前原光榮でした。そこから近いこの場所に自分の会社をつくり、昭和23年に前原光榮商店が創業しました。
もともと、傘業界には東はオーロラ、西はムーンバットと言われような、各社ライセンスをとってそれをつけて販売するというご商売のされ方をやっている会社がありまして、祖父はオーロラにいました。そこから前原光榮が独立するとき、独立するんだったらどういう形で傘屋をどういうタイプのお店をやりたい、いわゆる”趣味嗜好品”に寄った逸品の傘屋をやりたいと考え、それがきっかけで始まりました。
私も親戚に聞いた話だと、あなたのお爺ちゃんは山に行ってただみんなで楽しむリクレーションでも仕事のことばかり考えていたとか、山にある木を持って帰り、曲げて傘の手元にしたいと考えていたとか。あとは絵を見て、その絵を傘に書いてもらってそれを販売するとか、ほんとうに趣味嗜好品と言えるような、そういった形を一番やりたいこととして始めたのがうちのお店ですね。
 
 
――前原光榮商店というと手づくり傘の技術を継承するというイメージが先行しますが、創業当時は遊び心を持った自由な前原光榮さんの姿があったんですね。 
 
そうですね。傘ってパーツがいっぱいあるんですけど、前原光榮が独立するときには、そういうところにこだわりを持っていて。手元(傘の柄の部分)だったら素材であったりとか、傘の生地だったら画を描くとか、骨でも骨屋さんが納品してくる中で骨をひとつひとつみて強度が良いとか良くないとかなにか塗ってみたりとか。道具としても芸術としても、作るんだったらいいもので良いパーツでこだわった良い傘を目指していたと思います。
昔の時代って、百貨店さんの昭和一桁くらいの時の書物とかみるとこの2月の時期に晴雨兼用傘の新作がたくさんチラシに載っているんですよね。今年はスタートが早いんですけど、だいたいは早くても3月20日くらい。ロットが合わないことや採算が合わないとかだけでなく、よりいいものを常に求めてるっていうのを強く感じますね。
 
 
 
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 ――いま、職人の方はどのくらいいらっしゃるんですか? 
 
いまはうちで職人と呼んでいるのは6人ですね。うちの父がやっていたときは年配の熟練職人がひとりと50代ぐらいの職人3人でやっていました。傘作りは完全に分業なので、掘りさげていくと本当に多くの人間が携わっているのですが大きく分けると骨、手元、生地、加工の4つです。骨屋さんでも、全部作るのかというと、中棒という中心の棒を作る人がいて、またワンタッチのボタンを付ける「はじき」があるんですけど、そのはじきを傘に付ける人がいて、またそのはじきをつくる人がいたり、細分化されていて、傘のパーツごとに携わる人がいます。パーツ数は傘にもよって違うんですけど、1つの傘につきだいたい200パーツ前後ありますね。
 
 
――ひとつの傘ができるまでの工程と時間というのはどんな流れなんでしょうか? 
 
生地をつくるのが、最短でも3週間くらいかかります。それと同時に平行して、骨やハンドルを作るような感じですね。1本の傘を仕上げる加工は、1本につき2時間くらいという感じです。
加工屋さんが骨と生地を使ってほとんどの加工(傘を立体にする作業)をしていきます。三角に裁断した生地を小間というのですが、それが組み合わさって丸くなって、傘のかたちを作ります。傘って湾曲になっていて、柔軟さが必要なものなので1本糸のしつけ糸用のミシンを使って伸び縮みに対応するように生地を縫い合わせていきます。なので、ちょっと外すとクルクルって取れてしまう、そんな糸のくくり方で保っています。
裁断縫製は、いちばんお客様の目に触れてわかりやすいところなので、すごく気を配っているつもりです。
16本骨があると、縫製が1ミリでもズレが出ると16箇所があるので、最後には1センチ6ミリのズレになって、傘がヨレヨレになってしまうんです。なので、かなりシビアな世界です。本当にこだわる性格じゃないと、難しいですね。途中で切れてしまって中縫いしたりするのも、お客さんがみなくてもないように注意しています。
 
 
 
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▲仕上がりを左右する部品の精度
磨き上げた中棒に「はじき」を手作業で埋め込み、組まれた骨が、加工職人の元に
集まり組み立てへ。骨のプロによって仕上げられたこの軸をもとに傘が作られていく。
 
 
 
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▲生地づくりの苦労がわかるからこそ慎重な作業に
大量生産品は裁断時の効率を上げるため一度に布をたくさん重ねるが前原光榮商店は
多くても16本骨仕様の4枚重ね。生地の取り分や天地もそのままを傘に活かしている。
 
 

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▲1本糸のしつけ用ミシンが傘の柔軟性を担う
数ミリのズレが大きなズレになる作業。傘は横の張力がよくかかるためスーツなどのしつけ用に使われる環縫いミシを使うそうだ。縫い終えた後、骨と合わせてやっと形ができてくる。傘は骨と生地によるもの、同じ形ひとつない。
 
 
 
――百貨店の売り場に来た80歳くらいのお客様が、自分の嫁入りの時にもらった60年以上も昔の傘の修理を頼み、その修理を前原さんが引き受けたところから百貨店とも信頼関係ができたというエピソードをうかがいました。歴史のある前原光榮商店らしいお話しですね。
 
それは私が継いで数年たった時の話ですね。うちの傘ではないんですけど、傘って同じようでパーツが各メーカーさんなぜか違くて、直せないことも多いんですけど、なおせれる限りはやっていました。僕も仕事を始めたときだったので
、なんでも受けなきゃやっていけないと思っていて職人さんに相談をして受けたっていう話です。
 
別の話にもなるのですが、普段は職人さんにものを頼む時に、職人さんって毎日決まったルーティンなので、それを嫌うことが多いって考えてますね。たとえばですが、5時半になったら酒だって、もう飲む時間だっていうようなところがきっちりあるので、よっぽどって限りでないとそれを崩したくないっていうのはありますね。実質的に人が減っていた背景もあったので。
イレギュラーなものを頼むと首を縦に振ってくれないこともあるのですが、僕の心の中では職人さんができないって言ったらできないことだと理解しているのですが、難しいねと言ったら、絶対できるんだと思ってお願いしていました。その当時は継いだばかりだったので、分かりません、教えてくださいと言って、色んなことを聞いてお願いしていましたね。
普段からお願いすることが多いのですが、何でもお願いした後は、その先どうだったかを相手先に伝えるようにしています。
 
 
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上の部分は「上はじき」下の部分は「下はじき」と呼ぶ。傘を開くコツは2〜3回手首を左右にひねるように軽く振り生地をほぐして開く。右手でやると指の肉をは挟みやすいため、左側に持ち親指と人差指で持ち中指でスッと引く。傘をたたむ際は傘の折り目に沿う。
 
 
 
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――お話しをうかがっていますと、傘ってこんなにも繊細なつくりなのに、頑丈につくるってのはすごい技ですね。 部品の素材についても、詳しく教えていただけますか。
 
傘って確立されたつくりで仕上げられた道具で、よく見れば見るほど、長さとか位置とかすべての部分が変化しようがないという構造なんです。強度的にも生地を張ってて圧もかかるものなので、骨などは耐えうる素材じゃないといけないですね。骨の部分は、カーボンとグラスファイバー、スチールが使われています。あと、うちはのはじき部分は真鍮。それ以外の壊れやすいものはプラスチックが多いです。何十回もここに当たると削れてきてしまって、開閉ができなくなっちゃうことがあるのはプラスチック素材であるのが理由です。傘の真ん中の棒は、強度のある固い樫の木を選んでいます。棒は12ミリ太さの径なんですが、はじきを入れる溝の部分を作らなくてはいけないので、木のものは樫を使っています。あとはアルミですね。アルミも、軽いですし強度があるので。傘のパーツは他と比べて10倍くらいの値段になってしまうものもありますがこだわって選んでいます。
 
 
――長く使って自分のものにしていく。そんな風にものと向き合っていく付き合い方はいいですよね。傘屋に生まれて、これまで家業を継いでこられた前原さんですが、傘屋さんならではと感じる「雨」の時間なんていうのはあるんでしょうか。 
 
そうですね。やっぱり普通の家庭よりも意識していますね。晩ごはんの時に流れる天気予報の時も、耳を傾けるから喋ると怒られたなんてこともありましたね。
あと、ふだん街を歩いているときも、うちの傘はすぐみつけますね。渋谷のスクランブル交差点であってもすぐ分かります。お客様にはぜひいいものを知っていただき、自分の1本を持って長く使って欲しいと思います。
 

 
前原光榮商店
 
昭和23年より、東京 浅草の地で日本製にこだわった洋傘の製造と販売業を営む。前原光榮商店の傘があれば、今まで憂鬱だった雨の日が楽しくなるようにと「雨の日が待ち遠しく楽しくなる傘」をコンセプトに創業時より部材や品質にこだわった少量生産の正確な傘づくりを続けている。傘を開いたときの円形に近い美しいフォルムに定評があり、皇室をはじめとし数多くの方々に愛用されている。ホームページ http://www.maehara.co.jp/
 
*前原光榮商店ショールームでは商品ラインナップをごゆっくりご覧いただけます。