職人インタビュー vo.2
藤田洪太郎(萩ガラス工房)
 

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Text&Edit_Shuhei Sato
 

130年の時を経て蘇った   萩の切り子ガラス 

近年、注目の集まっている切り子ガラス。江戸切り子、薩摩切り子と並んで、ガラス切り子細工の名門と知られた土地があったことはご存じだろうか。その場所は、山口県萩市。萩焼きでも有名である。しかし萩市が切り子細工の生産地であったことは、あまり知られていない。それもそのはず、1866年におこった製造所の火災で、その歴史を閉じてしまったのだ。それから130年余り、ひとりの男が萩ガラスを復刻することに奔走する。その人物こそ、今回登場してもらった萩ガラス工房の藤田洪太郎氏だ。
 

「まずは萩ガラスの歴史から、お話したいと思います。1860年に長崎伝習から帰国した長洲藩士の中嶋治平という人物が、ガラス製造所を萩に作ったことから始まりました。そして東京や大阪から職人たちを呼び、本格的なガラス生産が始まります。その際に、江戸の切り子職人たちが多く招聘されたため、萩ガラスはその影響を強く受け、文様が色濃く残っているのです。当初は、科学者でもあった中嶋治平が、フラスコやビーカーなどの化学実験用の器具を製造することが目的でしたが、酒器や食器などの切り子ガラスが中心となっていきました。その中で10面体の切り子ガラスがあるのですが、これは江戸でも薩摩でも作られていない。決して他の切り子を真似するのではなく、独自の技術を磨き続けたからこそ、多方面から評価されたのでしょう。公家や天皇にも献上されていましたし、家臣団の下賜品としても多く用いられたという記録が残っています。ニューヨークにあるヒストリーオブグラスインジャパンというツインタワーにあった博物館にも展示されていました。ただ1866年に火災が起こり、製造所が焼失。そして中嶋治平が病死したことで、その後、再建されなかったのです」

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丈夫で長持ちする 最高の品質を届けたい

萩ガラスが作られていたのは、わずか6年。しかし、そのクオリティは一級品だった。復刻を手掛けた藤田氏は、萩の出身だが、萩ガラスの存在を知ったのは、関西での大学時代だったそうだ。

「私は大学でセラミックの勉強をしていたんです。その際にお世話になっていた京大名誉教授の先生から萩ガラスの存在を教えてもらったのですよ。そのときは、まさか私自身が復刻するとは思いませんでした(笑)。そして大学を卒業後、関西のセラミック関連の会社へ就職し、サラリーマンをしておりました。そこではいわゆるニューセラミックというジャンルで、ガラスや陶器などのオールドセラミックとは少し違いました。しかし、そこで学んだ経験が今の萩ガラスに大きく影響していることは、間違いありません。

萩ガラスの特徴のひとつに、優しいグリーンの色味があります。これは萩市でしか取れない原材料の石英玄武岩(安山岩)の特色なんです。

私が目指したのは、丈夫で長持ちして、キズが付きにくいガラス。そこが最も重要だと考えています。そのために工夫したのが、ガラスを溶かす際の温度。通常のガラスは、1200℃前後なのですが、うちのは1520℃。単純に考えれば、300℃程度の差なのですが、ここまで火力を上げるのは、2倍のコストが掛かるのです。成形する作業も30秒しかないため、再度暖め直します。そのため非常に効率が悪いんですよ。でも通常の5倍〜10倍の強度を得ることが出来ます。例えば、新幹線で使われているガラスが1600℃ですから、いかに強いか、おわかりになるかと。うちの製品は見ただけでは分かりません。10年、20年使って、初めて差が分かるんですよ」

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10年以上の月日を掛けた 美しき内貫入ガラス

藤田氏は、自身は職人でなく、技術者だと公言している。そのためデザイン関連には、一切口を出さないのが信条。オブジェは絶対にやらず、日用品に特化しているのも、萩ガラスのこだわりだ。形を作るのは職人であり、藤田氏は原材料の細かなブレンドや温度など、科学的な面を担当しているそのスタンスは、萩ガラスの創始者である中嶋治平と同じなのである。

もう1つ萩ガラスを語る上で欠かせないのが、繊細なひび割れが特徴の『内貫入ガラス』だ。

「この手法は今から30年前近くに、出張でヨーロッパを訪れた際に見つけました。ハンガリーに昔からある技術で、単純におもしろいと思いましたね。違う素材で挟むことはすぐにわかったのですが、そこからが長かった(笑)。今の完成品を作るのに、10年掛かったんです。このガラスは、熱膨張率の大きいガラスを硬質ガラスで両側から挟む三重構造。中心部が膨張と収縮を繰り返して、自然にひびが増えていくという仕組み。うちの製品は、3年間ひびが増え続け、そこで初めて完成するのです。仮にこの萩ガラスが、私の代で終わっても、きっと100年、200年後に、同じような考えを持って、復刻する人間が出てくると思います。その人たちが、うちの製品を見て、この時代の萩ガラスはがんばったなって思ってくれたら、最高ですね。中嶋治平がなし得なかった高度な技術は、今体現できていると自認しています。是非とも一度、うちの製品を見に来て頂きたいですね」



 

幕末から受け継がれた萩ガラスへの情熱。職人の伝統的な技術だけでなく、科学の発展があったからこそ、実現できたクオリティなのである。

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萩ガラス工房
〒758-0011 山口県萩市大字椿東越ケ浜1189-453
営業時間9:00〜18:00
公式ホームページ:http://www.hagi-glass.com/