Interview with a leading creator vol.12
Kengo Kuma /Architect
トップクリエイター・インタビュー vol.12
隈研吾(建築家)
 
Photo_Isamu Ito(lefthands)/Text&Edit_Shigekazu Ohno(lefthands)
 
 
日本各地に連綿と受け継がれるモノづくりの伝統と技術。REAL JAPAN PROJECTでは、それを日本のみならず世界へ向けて発信するべく、さまざまな活動を行っています。このインタビューでは、国内はもとより世界を舞台に第一線で活躍をされているクリエイターの方々をお招きし、ご本人の活動に絡めて、日本のモノづくりについてお話を伺います。第12回目のゲストは、日本を代表する建築家のひとり、隈研吾さん。格子やルーバーなど、どこか日本建築を想起させるようなデザインで知られるほか、家具、食器までトータルに手掛けることで、世界からも広く注目されています。
 
――世界でご活躍されている隈先生ですが、ご自身の日本人としてのアイデンティティを、どんなときに、どんな部分に認識されますか?
 
海外に行くと、僕が感覚を鋭ぎすまして大胆にゆっくり判断するものを、向こうの建築家はまるでこだわらなかったり拍子抜けするんです。例えば2本の木があって、僕は絶対こっちがいいと思ってこだわるものを、他の多くの人は意外にどちらでもいいと思っていたりする。そんな体験が、海外の現場ではよくあるんです。僕の好き嫌いっていう感覚が、海外の人からすれば、独特に思えるのかもしれません。特にマテリアルに対して、すごく頑固なところがあるんですね、僕は。そしてそれは、ひょっとすると、自分が受け継いでいる日本人としての貴重なDNAのせいなのかな、と。
 
――例えば、具体的にどんな場面でそう思われましたか?
 
僕はつねに、”影の色”を意識しているんです。ものには必ず影ができるでしょう? 例えば建築の金物の部材をグレーに塗るとき。僕は光が当たった状態だけでなく、影になっているときの色も想定して、細かく色を決めていくんです。これも外国人に話すと、「異常ですね」といわれます(笑)。でもね、日本で生まれ育った間に、自然とそういう風に、目と脳といっしょに訓練されてきたのかな、と思うんです。だから、海外では自分では意識していなくても、あらゆる作品中に「日本がある」と指摘されます。いまフランスで建設中の〈ブザンソン芸術文化センター〉も、よく日本的であるといわれます。特に、建物のエッジのディテールが指摘されますね。最初はしっくりしませんでしたが、そういう「日本的」という概念をもって、彼らは彼らなりに僕らを探ってくれているのなら、まあいいかなと。
 
――そうした「日本的」な建築感覚のルーツは、どこにあるとお考えですか?
 
僕は、戦前に建てられた木造の家に育ったんです。いわゆる特別な和風ではないのですが、どこにでもあるような木造の平屋でした。でもね、いま思うと、そこに生まれ育ったことがよかった。和風として変に意識せずとも、そこは実際、西洋にはない日本的な価値の宝庫だったんですね。床は畳で、建物の重心が低くて。窓は掃き出しだったり、低い腰高のものだったり。そこに座って外を眺めるという体験も、建築と環境の関係性を考える上での、感覚的なベースになっている気がします。
 
――ご自身の建築作品を例に取ると、特にどんな部分に日本的なニュアンスが見て取れると思われますか?
 
一番は、「端っこ」です。もののエッジのところ。人間って、実は道具とか、部材や素材といったものと、エッジの部分でコミュニケーションしている気がするんです。エッジに気をつかうだけで、大きな建築になっても、全体がまるで違って感じられる。特に屋根のエッジはすごく大事で、東京・南青山の〈根津美術館〉でも、瓦のエッジの部分を金属で仕上げる「腰葺き」の仕様を採用しました。これによって、屋根全体がまったく違う表情になっています。瓦って、いわゆる粘土を焼いたもので、割れたり、風で飛んだりしないように厚くできているでしょう? その厚ぼったい感じが、僕は好きじゃない。中国の方が、エッジの薄い瓦を使いますよ。日本は台風があるから、どんどん厚く進化していったんですね。日本人もその欠点を分かっていて、「腰葺き」を開発したのでしょう。
 
――日本には、そうしたものをつくるための「道具」も、優れたものがありますよね?
 
道具っていうと、日本の職人さんたちは、道具づくりから始めたりもしますよね。日本においては、道具も含めてものづくりがあるのだと思います。ある種、宗教の代わりをしていたのじゃないかな。道具を大事にメンテナンスし続けて、そのプロセスも含めて、職人という自分のアイデンティティを大切に守ってきたのでしょう。宗教の本質は、結果ではなくて、プロセスの部分も神様が見ていらっしゃるよという認識じゃないですか。宗教は、見えないところで自分を律していくところにあるんですね。そして日本には、ヨーロッパやイスラムの宗教とは別のところでも、プロセスを律する文化が存在した。ものをつくることも「道」になっていたんです。そういえば、禅の中にも、宗教と生活の所作を律していくという教えが含まれていますね。僕自身も、最近はちょっと意識が変わってきました。結果だけを求めるのではなくてプロセス自体が、実は僕の仕事を支えているのかな、とも思うようになって。現場に行っても、整理整頓とかいうようになってきたんですよ(笑)。
 
――隈先生は、プロダクトデザインも手掛けられていらっしゃいますが、建築とプロダクトと、発想やデザインのプロセス、アプローチ方法など、どう共通し、どう異なるものなのでしょうか?
 
うん、すべて共通していますね。建築を考えるエッセンスを、もののデザインにも見せたい、すべてが連続していることを見せたいという思いがあります。そういう思いで、これまでもイスとか、テーブルウエアとか、照明をデザインしてきました。20世紀の巨匠として知られるル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエも、まさに建築のエッセンスのような家具をデザインしていますよね。
 
――家具の場合は、ある建築のためにデザインされても、その後さらに生産が続けられて、プロダクトとして一人歩きすることもありますよね?
 
そう。案件がきっかけになって生まれても、その後一人歩きしますね。僕がデザインしてきたイスも、そんな具合に一人歩きしています。A邸のためにデザインしたイスが、B邸にも置かれていて、違う見え方をしているのを見るのは、心楽しいことなんです。それがきっかけで、また違う家具を考えたりもする。日本のデザインには、そんな風に、使われながら、応用されながら、経験的に進化させるという文化があります。教訓が反映され、改善が積み重ねられていく。”進化継承”とでもいうのかな。ヨーロッパや中国と比べても、経験主義的な側面が多くあるのだと思います。日本人はやっぱり、改善、改良することに長けているんですね。家具やプロダクトの職人でいえば、彼らはクライアントや建築家の大きなヴィジョンを具体化するっていうよりは、自分が得てきたノウハウや発想を、自分たちでどんどん進化させるんです。生活の中から発想し、進化させていく、といえばいいのかな。ヨーロッパや中国では、国家や宗教のような大きな権力があって、それが建築家やデザイナー、芸術家たちにものをつくらせていました。大きな権力の大きな意図のもとに。日本の場合、あらゆる道具は生活と一体になっていて、つくり手たちは、生活から学びながらフィードバックしている。日本のもののデザインは、そうして生活と密着しているうちに、洗練され、優しさや柔らかさを獲得してきたのでしょう。
 
――日本のプロダクトには、優しさや柔らかさがあるというのは、興味深いですね。では隈先生が、建築を通じてコラボレーションされたことのあるような職人さんには、どのような方がいらっしゃいますか?
 
自分のやっていることを、客観的に語れる人が好きですね。例えば左官職人の久住章さんや挟土秀平さんは話がおもしろい。あるいは越後門出和紙の小林康生さん。伝統工芸を扱いながら、それを科学的に語れるところがすごい。彼らから触発されて、僕もいろんなことが建築でできそうな気がしてくるんです。会うたびに、次のインスピレーションを貰っています。小林さんとは新潟で〈高柳町陽の楽屋〉を一緒に手掛けました。障子だけで、雨風を防ぐ家をつくったんです。もちろん庇を深くしたり、建築の工夫もしたが、いっしょに苦労して、楽しみました。
 
――最後に、日本のものづくりをもっと広く、世界に発信していくためには、どんな課題や方法があるか、お考えをお聞かせ願えますでしょうか?
 
日本のプロダクツは、クオリティとしては断然、世界のトップに君臨しているといえます。だから、あえてそれを「日本のもの」として見せず、じわっとアメーバ的に、いろんなチャネルで広く世界に出していけるといいですね。もっと間口を広げて、ものが一人歩きできるようになるといいな。僕ももちろん、海外で建築を手掛けるときには、積極的に日本の優れたものを入れていきたいと思います。
 
【プロフィール】
隈研吾
Kengo Kuma
1954年横浜生まれ。1979年東京大学建築学科大学院修了。コロンビア大学客員研究員を経て、2001年より慶應義塾大学教授。2009年より東京大学教授。1997年「森舞台/登米町伝統芸能伝承館」で日本建築学会賞受賞、同年「水/ガラス」でアメリカ建築家協会ベネディクタス賞受賞。2002年「那珂川町馬頭広重美術館」をはじめとする木の建築でフィンランドよりスピリット・オブ・ネイチャー 国際木の建築賞受賞。2010年「根津美術館」で毎日芸術賞受賞。作品にサントリー美術館、根津美術館。著書に「自然な建築」(岩波新書)「負ける建築」(岩波書店)「新・ムラ論TOKYO」(集英社新書)など、多数。
 
工業化社会の建築的理念であるインターナショナリズムにかわる、「場所に根ざした建築」の可能性を追求し実践している。
 
日本では歌舞伎座の建て替えプロジェクトが進行中。海外ではイギリスのヴィクトリア&アルバートミュージアムのスコットランド分館、スペイン・グラナダのオペラ劇場、フランス・マルセイユのFRAC(地域現代美術財団)などが進行中。